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滅び行く技法「薩摩切」
21世紀に残したいのですが...
「薩摩切」とは古来より鹿児島県枕崎地区に伝承されている本節製造の技法です。
左の写真をご覧ください。「薩摩切」の技法を施して仕上げられた「薩摩型本節」です。
右の写真は「一般的な製法」で仕上げられた本節で「改良型本節」と呼ばれています。
「頭の部分」(節の上端部)をよくご覧ください。薩摩型と改良型では節の形状の違います。 薩摩型本節の頭は約45度の角度に切れていますが、改良型の節の頭はくびれています。
両者の違いは単に形状の違いだけではありません。
美しい薩摩型本節は鮮度の良い鰹を卓越した技術を持つ職人が加工をしている証です。
改良型の節は生の鰹を煮熟した後に、皮を剥ぎ骨を取り除きます。一方、薩摩型は生の状態で鰹の皮を剥ぎ、骨を包丁でそぎ落とします。生の鰹にこれだけの加工を施す薩摩切には、 鮮度が抜群に良い鰹、そして、優れた腕をもった職人が必要不可。ですから、美しい薩摩型本節は、鮮度の良い鰹を卓越した技術を持つ職人が加工をしている証なのです。結果として、素人の目にも美しく映る薩摩型本節は、間違いなく、高品質です。
上質な改良型の節にも、当然、鮮度が高い鰹と優れた技術が必要です。 薩摩型本節の場合はその要求のレベルが高いとお考え下さい。
美しい薩摩型本節を作り出せる製造家は枕崎に二人だけしかいません。
現在、私が本当に納得できる薩摩型本節を製造できる職人は二人だけです。 二人とも60歳を過ぎていて、きちんとした後継者はまだいません。
このままでは10年後にはきちんとした薩摩型本節を製造できる職人は確実に絶滅します。
写真の右側、白髪の方がその二人のうちの一人、日本で一番美しい節を作る製造家であると私が思っている、井上節夫さんです。 もう65歳を過ぎていますが、元気で毎日(土曜も日曜もなく、本当に毎日、節と接しています)仕事をしています。
左側の方が井上さんの息子さん、ここ一年間ほどお父さんの手伝いをしています。仕上節製造家と云う職業の将来に相当な不安をもちながらも、家業を手伝っている状態です。井上さんの仕上げる素晴らしい節は高値で取引されますが
(年に一度の入札会では毎年のように最高値がつきます)、実際に費やす手間と時間を考えると経済的には全く報われていないのが現状です。 どんなに優秀な仕上節製造家でも、今のままでは、将来的に生計が立たなくなるかもしれません。
経済的に報われない職業に後継者は育ちません。
仕上節の製造は大変手間がかかる仕事です。私も3日間だけですが製造の手伝いをしましたが、 非力で不器用でがさつな私にはとても続かない仕事です。鰹節は手間をかければかけるほど良い製品ができますが、販売の価格がその手間ほど高くならず、その上、製造量が少なくなるので、結局は丁寧な 仕事をする製造家ほど収入は少なくなります。真面目な製造家ほど報われないのが現実です。
現状を分かりやすく説明すると・・・
- 2倍の手間をかけると製品の品質は3倍になる
- しかしながら製品価格は1.5倍にしかならない
- 製造量は1/2になる(手間が2倍になるから)
- 2倍の手間をかけた結果として、収入は3/4に減ってしまう
理想を言えば・・・
- 2倍の手間をかけると製品の品質は3倍になる
- 品質が高く評価され製品価格が4倍になる
- 製造量は1/2になる(手間が2倍になるから)
- 2倍の手間をかけた結果として、収入は2倍に増える
ぶっちゃけた話をすれば、風味調味料の原料や安い削り節の原料となる大量生産型の荒節の製造家の多くはクラウンやシーマに乗っていますが、仕上節製造家が乗っている車は軽トラックなんです。 ベンツまでとは言いませんが、仕上節製造家が少なくてもマークⅡ程度、欲を言えばクラウンに乗れるようになれば、後継者を目指す者が増えるはずです。
一万人の方に毎年1本から2本の薩摩型本節をお買い上げいただければ「薩摩切」の技法は21世紀に残ります
これだけ売れれば、軽トラックからカローラ程度には乗り換えられますから、井上さんのご子息が後継者となり家族を充分養えると思います( でも生まれてくる子供を東京の大学に通わせることは難しそうです)。実は私が通信販売をはじめた理由の一つがこれです。 つまり、高品質の節を適正な価格で販売する実績をつくり、それを製造家に示す以外、後継者確保の方法はないからです。
「 鰹節 (特に仕上節)でだしをとれば美味しいとはわかっているが、面倒くさいし、だしのコストを考えると高いので風味調味料を使ってしまう」と、言われる方が沢山いらっしゃいます。
確かにその通りかもしれません。でも考えてみて下さい。
「鰹節」と「風味調味料」を比べて、鰹節の方が高い、手間がかかると言うのは、「カニ」と「カニ蒲鉾」を比べて、高いとか食べるのに手間がかかると言っているのと同じです。
高度成長と供に食生活、生活様式が激変しました。かつては日常の食材であった 鰹節 も、いまや毎日使う食材ではなくなったのかもしれません。ですから「鰹節を毎日使いましょう」と 申し上げるつもりもございません。しかしながら、「本当に美味しいものを食べたい時」、「ここぞと言う時」、「特別な日」等々には 是非とも本物の鰹節をお使いいだだきたく存じます。 先ほど申し上げたように、皆様一人一人に一年間で薩摩型本節をたったの2本お使いいただければ、 伝統的な技法を絶やさずに済みます。
消えつつある本当においしい日本の伝統的な食品を一緒に護っていただけませんか?
2001年9月、大変残念ですが、井上さんのご子息は「薩摩切」の道を捨て、船乗りに戻る決意を固めました。
私(弊店)の努力不足でなのですが、現在の販売実績では、井上さんのご子息の将来不安を
取り除くことができませんでした。11月に赤ちゃんが誕生する井上家ですから、この決断は、至極、当然であると思っています。
井上さん(親父さん)が元気なうちに、「薩摩切」の技術を継承できる若手の有能な製造家を見つけなくてはなりません。頑張ります。乞うご期待!!!
2010年春、大変残念ですが、井上さんが完全に引退してしまいました。
現在、弊店では、枕崎の製造家、尾辻さんが仕上げた薩摩型本節を販売しています。
井上さんの「いで小屋」で薩摩型の製造を見学する