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鰹節屋の昔話

鰹節屋の昔話

 

二代目店主 中野英二郎が語る、戦前から高度成長前夜にかけての、かつお節の話、魚河岸の話、築地界隈の話、東京の話などなど、四方山話を聴いてください

旧市場跡

その後、新しい市場が出来て、古い木造の市場(注1参照)は取り壊されました。跡は子供の遊び場です。

平らでなく、溝があったり、所々、雑草が伸びていました。その溝はクリークなどと称され兵隊ゴッコにはもってこいでした。
その采配を振るっていたガキ大将は喧嘩より頭が良くて、学校の勉強はよく出来たようでした。 私は何故か、一等兵にしかなれず、悔しい(?)思いをして行かなくなってしまったので、 良い思い出ではありません。このガキ大将に限らず、其の頃の遊び仲間は、 この土地に一人しか残っていません。

それとは別に近くの乾物屋の番頭さん(今で言う店長)がアンパイヤ兼コーチになって 三角ベースで軟式テニスボールでの野球もよく遊びました。
築地は早く終った店があったから出来たのだと思います。
バットは棒切れか板、手拭グロープでしたが結構遊べたものです。

この乾物屋は向いの角の店でしたが、或る時突然、執行官が来て商品の差押さえを始めたのにはビックリ、 赤い紙を貼りって帰るのを見て、倒産は恐ろしいものとの印象でした。
でも暫くして番頭さんが、店の名前を変えて同じ乾物屋を始めたのには尚ビックリしました。

市場の真ん中に築山があって、水神社があり、其処のプレートに、由緒が書いてありました。
確か、江戸時代、松平何某の屋敷跡とか、その後海軍工廠(?)になり、 神社は神田明神から移したと書いてあったように記憶しています。この築山は結構大きかったのですが、 今は小さくなって水神様は店の向い側に鎮座しています。

市場の中は、結構、空き地があって、木もあったせいか、夏の終わりは蝉の鳴声が凄く、 トンボは赤とんぼは勿論、ヤンマもギン、オニとも飛んでいたものでした。 蝉もヤンマももち竿で追いかけるのでしたが、中々捕まらなかったのは、不器用だったのでしょう。

水神様のお祭りは戦後二回ありましたが、戦前は見たことがありません。
父親は、日本橋当時、一回しかお目に掛っていないと言って居ましたが、 日本橋魚河岸は多くは板舟(注2参照)で人様の家の前を借りて商いをしていたようですから、 お祭りをする場所などなかったのではと思います。

その旧市場跡に戦時中、多分昭和18年頃になってからと思ひますが、 今のガンセンターの処にあった海軍病院が手狭になって、急に木造の病舎が何棟か出来て、 白衣の傷痍軍人が目立つようになりました。

20年3月10日、その木造の病舎に焼夷弾が落ちて、炎上、風向きが悪く、 川の此方側に飛び火して、我家も焼け出されてしまいました。
アット言う間のとび火で、着の身着の侭で逃げました。

裏の川(築地川)には海幸橋と市場橋の間に、徒歩か自転車で渡る為に、二本の橋が 架かっていました。店に近い方は、起生橋という名前でしたが、その由来は知りません。 二つとも木の橋でしたので、この火災で焼け落ちてしまいました。 起生橋の向こう側、つまり河岸の中に交番が建っていましたが、此処も助かりませんでした。

この交番には昔から毎日必ず(?)救急車が何台か来ていました。 一応交番に寄る様になっていたものですから。
怪我より喧嘩が多かったとの事でした。 夕方早くから、一晩中、活動していたのですから、 夜中にサイレンで起こされる事も屡(しばしば)でした。
 
注1. 関東大震災により日本橋の魚河岸が消失すると、一旦、芝浦に仮設の市場が作られましたが、 交通の便や狭さの問題で、その年の12月には築地にも市場を作り、徐々に移転となりました。 こうして出来上がったのが第一話に出てきた「木造の市場」です。
その後、本格的な卸売市場の建設が始まり、昭和10年には中央卸売市場としての築地市場が 開設されました(これが現在の市場です)。そして、御用済みとなった古い「木造の市場」 は取り壊された次第です。
 
注2. 板舟とは、盤台の縁に三寸ほどの板を打ちつけ、その中に水を張ってもこぽれないようにしたもので、その中に水を張って鮮度を保たせた。 長さは五尺足らず、幅は二尺強のものが一般的であった。(慶應義塾大学 政策メディア研究科 鹿内京子さんの論文より引用)
日本橋の魚河岸では、多くの仲買人が民家の軒下にこの板舟を並べ、そこに魚を置いて、商売をしていたようです。
 

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