鰹節の伏高トップページ伏高コラム/レシピ築地の風景

黒川 春男

築地の風景

by 築地本店店長、黒川春男

2011 25

ポカポカ陽気に春がやって来たと思ったら、今日はみぞれと、三寒四温ならぬ一寒一温的めまぐるしさ。身体のあちこちが変調をきたす。 この原稿の締切は過ぎているのに、さっぱり書く事柄がない。灰色の脳細胞が悲鳴を上げている。

 

電気スタンドの明かりだけの夜の底のしじまの中で、書き出しに伸吟する。蘭展でものぞいていれば何か書けたのに。後悔しても今更。そんな時、黒ネコの膝の上に飛び乗ってくる猫のノンタ。ノンタの定番の席だ。一瞬にして悩みが溶解していく。

 

ノンタとミーに出会ったのは十年程前。築地の伏高の隣り寿司丼屋は、まだなくて、石井折箱店さんが廃業して空き家だった時だ。伏高の店先の削り節の入った木箱の下から、ミャーミャーと、か細く鳴く声がする。仔猫が二匹。こげ茶色の縞模様の入ったキジトラだった。大きなつぶらな瞳。終業まで一時間ある。箱に入れ、店の裏手の草むらにぽんと落とした。親ネコがきっと探し出してくれるだろうと。やがて、店仕舞に取り掛かった時、どうやって来たのか、あの二匹が、再び、店先に舞い戻ってきた。店の者一同が口を揃えて「育児放棄されたんだから、店長が連れて帰るしかないでしょう」と勝手な事を。熱帯魚と陸亀に夢中だった私:;;;;;;;;;;;;;は、絶対に無理と突っぱねるが、「親無し仔猫を見殺しにする気ですか? まさかねぇ」と追い打ちをかける。春先の丁度、今頃だったと思うのだが、まだ夜の寒さが厳しい家の外に放り出すのもと、仕方なく、家に連れて帰った。 風呂でゴシゴシ洗い上げる。濡れると、手のひらにすっぽり入る程小さい。バスタオルにくるんで、暖熱器の近くに置く。小刻みに体が震えていたが、やがて二匹は抱き合って安心したかの様に眠りにつく。そんな二匹を見ていて、カチッとスイッチが入った。心が化学反応した。魔法にかけられたかの様に。

 

かくして、ネコとの生活が始まった。毎朝、午前二時過ぎになると、ノンタが枕元にきて、鼻先を擦りつけたり、ジャブしたりと、朝の儀式。少量のカリカリをやって、空腹を抑えている間に、冷凍した魚(冬は皮はぎ、夏は一夜干のふぐ等)を解凍し、ガスレンジで焼く。焼き上がるまでの間に、飲み水を取り換え、猫トイレの掃除。焼けた魚の小骨を取り除き、五つの小皿に取り分けて、朝食開始となる。場外・場内の干物屋さんや魚屋さんから箱買する。安くして貰えるから。こんな奴隷的生活に皆は呆れ笑うが、心の穴ぼこを埋めてくれた、この児達との生活に感謝している。鰹節屋で働く私に最高のプレゼントだと思っている。

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