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築地の風景
by 築地本店店長、黒川春男
2005 年9 月22 日
うだるような夏が続くそんな昼下がり、店頭にお客様。月に二・三度みえてはまとめ買いされる、さわやかママさんだ。
いつもこざっぱりとした風で冷風が通り過ぎる。注文の削り節を袋詰めしながら、訊こうか訊くまいが悩む。
「ひょっとして、昨日の夜、テレビに出ました?」と訊くと、「えっ!!・・・ええ、ちょっとだけ」とママさんが微笑んだ。
すかさず、「やっぱり!!」とうちの社員Mをにらみつける。
実は今朝、噂をしていたのだ。Mが昨日テレビでママさんをちらっと見たような気がすると言い出したのだ。
何故「ちらっと」かと言うと、無類のアニメ狂Mは、「ちびまる子ちゃん」に夢中で、
CM中にかえた隣の局でちらっと見たママさんを本人かどうか確かめもせず、チャンネルを戻したのだ。
この大馬鹿者め!!
「うちの常連さんに頼まれちゃったんです。製作会社の人。素人で魚がさばける人、探していたみたい。普通の主婦がいいかなって。私、プロなのにアマってことで。フ・フ。」とお茶目まるだし。
「店じゃまずいでしょ、自宅のキッチンで。あつあつを撮らなきゃいけないから手早くちゃちゃって、大変よ」大変だった割にはずいぶん楽しかった様な口ぶり。
「いざ試食って時、ハプニングが。娘がいきなり太刀魚に食らいついたの。
娘は予定になかったの。カメラマンに言わせると幼児と犬は視点が定まらないから撮りづらいからって。
もうそこから娘にズームイン。フフフ。離乳食の時から魚ばっかしで肉気まるでなしで育ったから。
フ・フ。」
本当に笑顔が素適だ。回りの人を幸福な気分にさせる。若いのに大地にしっかり根を張った母性そのものといった人。
店は閑静な屋敷町にあるらしい。ママさんが自慢げではなく、嫌みなく「うちはお客様に困らないんです。忙しくさせてもらっています。」
とおっしゃってました。穏やかな苦労知らずに見える表情の裏にはきっと人一倍の努力がある筈です。
娘さんが生まれたばかりの頃、その赤ちゃんを抱っこひもで胸にかかえ、両手に重い荷物を握りしめ、
うちの店に買い物にいらした時、「これから小田原に行かなきゃ。
あちらの浜の網の権利が手に入ったから、地魚を仕入れに行くの。フフ。」
バイタリティーの塊みたいな人だ。
後日インターネットでその番組を検索、バックナンバーをたどっていくとありました。
びっくり。本人の紹介に家庭料理レストランのオーナーシェフとクレジットがあります。
あれっ、素人の主婦だったんじゃ。でも多分、設定変更したんでしょう。
料理の手さばき加減を見れば、プロかアマかもろばれでしょうから。
ネット上には、あのいつものほんわかと微笑むママさんと料理の写真が載っていました。
「ねぎ油の風味でいただく、太刀魚の香草蒸し」、
「枝豆としょうがの入った太刀魚の混ぜごはん」がレシピ付きで紹介。
まるでネギの香りが今にもしてきそうな写真に腹の虫が騒ぎ出します。
娘さんがこんな料理を毎日食べてれば魚好きになるのは当然。私だって食らいつきます。
一片の曇りもない愛情たっぷりの料理、娘さん同様にお店のお客様もお裾分けに預かるんでしょうね。
ぜひ、私もそのお裾分けをいただきに参ります。