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築地の風景
by 築地本店店長、黒川春男
2005 年4 月22 日
連日のお花見狂想曲も嘘のように静まりかえって、吹き荒れる風と雨に東京の桜は散り始めています。
夏を思わせる暖かさが一転して花冷えに戸惑うばかりのそんな日でした。
店頭に小柄な老婦人が両手に買い物袋をこれ以上もてないといった風で立つとしばらく私をじっと見つめ
『覚えてないの、私よ!!』と威勢良く告げる。私はしばらく記憶の回路をフル運転させようやく
思い出した。ニューヨーク在住のお客様だ。『また、来たわよ』ほんと一年振りである。『鰹節と煮干
をちょうだいな』と煮干しを次々に口に運んでいく。『はい、これでいいわ。それもね』といつも通りてきぱきしている。
この老婦人は連れ合いに先立たれ一人暮らしだそうで、近くの日系老人ホームを尋ねては老人達に
日本食を振る舞うのが唯一の楽しみだと仰ってました。削り立ての鰹節で仕立てたお椀は特に
喜んでもらえると聞くとこちらまで嬉しくなります。
『でもねぇ、ホームのお年寄りも出身地がバラバラだから、味噌は名古屋の八丁味噌じゃないと
いけないとか、だしは煮干に限るとか、だんだん我がままを言い出して、買いそろえるのが
大変なんだから』とグチを言いながらも口元には微笑みが浮かんでいます。
女の人は年を重ねて増々たくましくなる。買い物する女性の後ろで所在なげにポツンと佇む男性。
ともすると女性に買い物袋を手渡されるのを見て連れの方だったのかと気付く事がよくあります。
たくましいと云えば、店先で腕を曲げ力こぶを作り『五十過ぎてから空手道場に通って、
ついに段を取ったわよ。・・・女一人暮らしは何かと物騒だから』と仰るご婦人も
いらっしゃいました。
『さあ、買物のコースは伏高さんで最後。コース決まってるの、じゃあ』とくるりと向きを変えると
背中のリュックサックは荷物でパンパンにふくれあがっている。『大丈夫です? そんな大荷物。
アメリカに持って行けるの?』と私。『スーツケース空っぽで日本に来たから平気よ。あんまり
年寄り扱いしないでよ。』と言うとさっそうと帰路につかれました。その後ろ姿に思わず敬礼をしそうに
なりました。
今テレビでには秋田の乳頭山での日帰り登山中に遭難した老婦人が歌をうたいながら夜を明かし、
無事下山出来た事とインタビューに答えています。しかし、たくましさはあっても、ちっともすがすがしさはありません。その時思い浮かびましたあの後ろ姿が。