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築地の風景
by 築地本店店長、黒川春男
2017 年7 月28 日
梅雨なのだから、だらだらと雨が降り続くがベランダで咲く花達には、適度な水やりになり、手間が省ける。ここ二週間、腰が重い。朝起きたとき、ビビッと痛みが走る。何年か前、重度の腰痛でひどい目にあった。早速、バンテリン湿布する。
二週間前の水曜休市の日、新宿の劇場に向かう。あいにくの雨、午後からは豪雨になるとの予報。勝どき駅から大江戸線で新宿駅へ。地位飴色をやっと抜け、地上へ。
最近できた高速バスターミナル「バスタ新宿」の向こうに、高島屋デパートが。この高島屋南館へ。七階の紀伊國屋サザンシアターに入場。中規模の劇場、キャパ五百席に満たない。
劇団民芸公演、「熊楠の家」が本日の演目。南方熊楠という人、黒ネコは、明治時代の和歌山に、どんでもない「知の巨人」がいたとうろ覚えしてるだけだった。偉人の評伝劇は、とかく退屈な芝居になりがちで、余り期待はしなかった。パンフレットには、熊楠は粘菌の世界的権威で、イギリスの科学雑誌「ネイチャー」に、生涯で51本の論文が掲載され、これは単著としては歴代最高記録であると書かれている。まず粘菌がどうもパッとイメージが出来ない。東大を中退して、明治十九年アメリカ、キューバ、そしてロンドンへ。抜群の記憶力と語学力(十カ国語)で大英博物館の東洋図書目録の編纂係として職を得る。五年後、日本人への人種差別を受け、頭突きを喰らわせ追放される。生活の困窮により帰国。熊野での植物採集を経て、「粘菌の宝庫」である和歌山田辺に腰を落ち着ける。田辺闘鶏神社宮司の娘、松江と結婚。ここで熊楠の家族の歴史がスタート。
舞台「熊楠の家」は、ここから幕が開く。大酒飲みで癇癪持ち。裸で歩き回る奇人変人。それでも、日々の暮らしや研究を手伝ったくれる大勢の人がいる。しかし妻の松江にしたら大変な夫。しばしば投げ出したくなるが、そのたびに熊楠の憎めなさを思い出し、戻ってきてしまう。さすが劇団民芸の役者。演技はとてもうまい。難を言えば、度々くり返される粘菌への情熱の語りが、どうも芝居の流れを中断させて、うとうとする。熊楠を演じる役者、とても「知の巨人」の柄じゃない。人間熊楠を強調したいのだろうが、学者というより、街の顔利きみたいで、最後まで違和感を覚えた。
舞台最終場。熊楠の世界的知名度を御存知の昭和天皇から御進講(学問の講義)を依頼されたと判り、田辺の町は大騒ぎ。権威に媚びるのを嫌い、在野で貧しく学問をする熊楠。数年前から脳を患う息子の熊弥。研究を継ぎたいとの希望を見失った息子と粘菌を研究なさっている生物学者の天皇が同年輩と知り、心境の変化が起こる。押し入れに仕舞ってあったフロックコートを着て、手にキャラメルの箱(献上物を桐箱でなく)の中には粘菌標本。暗闇に浮かぶ熊楠と妻松江。これから田辺湾沖の軍艦長門へ御進講へ向かうのだ。これで幕。固い椅子に三時間座り放しだった。この日から、腰痛が始まった。