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築地の風景

鰹節屋の昔話

四十八

 

二代目店主 中野英二郎が語る、戦前から高度成長前夜にかけての、かつお節の話、魚河岸の話、築地界隈の話、東京の話などなど、四方山話を聴いてください

 

 

本当?の旦那

 

戦前の鰹節問屋は旦那が資本金の用意だけして、業務は番頭任せだったそうです。11月の恵比寿講で決算をして、利益の半分を旦那がとり、後は番頭が残りの二分の一を取ると聞きました。その残りの半分をみんなで別けていったと思います。寄席の席亭とトリの噺家も同じ様な関係だと思います。

 

戦後は近甚、中弥の二軒だけは旦那さんが、全く番頭任せでした。このうち近甚の一人っ子の長男は大店の坊ちゃんで、お隣の中弥の末弟が若様というニックネームを付けたのが業界でも通称若様と呼ばれていました。住込みの店の者と歌舞伎のセリフ遊び、落語の七段目を地で行く様な歌舞伎好き、落語も人形町の末広亭に入り浸りだったそうで、私と趣味が同じ様な縁でいろいろと遊ぶお付き合いをしました。

 

聞くところによると、近甚の旦那さんは朝起きて着替えるのも、足袋を履くのも、歯を磨くのも、お手伝いさん任せで、ご自分では何もしなかったそうです。落語の”手水回し”の様に朝、熱いお湯の入った盥が出て来たのでしょうね。この旦那さん、時折二号さんの方へお出かけだったようですが、お出かけの折は、おかみさんは手を突いて行ってらっしゃいと送り出すのだそうです。勿論お帰りの時はお帰りなさいと、同じ仕草と思います。

 

実は旦那持ちで、御座敷に出させて貰っているある芸者も旦那が来たときはお帰りなさいというのをその芸者から聞きましたがそれと、同じなのです。勿論泊まらずに帰っても、行ってらっしゃいというと、そこで、ヤレヤレとのことでした。

 

近甚の旦那さんは、いつも着物姿で、時折入札を見に来ていたのですが、近寄り難い方で、入札場では業者の人に殆ど話し掛けないのに、私には息子と懇意だったせいか、いつも、お前さんは親父さんソックリだねといってから話を始めてくれました。

 

 

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